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正倉院尺八 について

更新日:2022年11月30日



『正倉院尺八』    笹本武志(雅楽演奏家・正倉院古代笛演奏家・作曲家)


 奈良時代までに大陸から持ち込まれた楽器の一つ。楽器は正倉院に保管され、屏風絵などに演奏している姿は描かれているものの、演奏法の伝承は無い。だが正倉院宝物からの採寸を忠実に再現すると、音階と音色がわかる。


 音域としては龍笛と篳篥、どちらのパートも吹くことが出来る。多くの事典に「音量が微量なために廃絶」とあるが、復元し、演奏している立場から言うとそれは事実ではない。これほど遠鳴りのする楽器は少なくとも雅楽の中には他にない。屋外での演奏が専らだった昔に、名人の吹く尺八の音色はどの楽器よりも遠くに届いたことだろう。


 縦型エアリード管楽器の演奏は、横笛しか吹いたことのない人には難しい。遠鳴りで拭ける演奏家の伝承が出来なかったことこそが、この楽器が廃絶された理由だろう。


 国立劇場が行った正倉院収蔵楽器復元活動において、パンパイプ型の排簫は、見た目のインパクトと横笛奏者でもそれなりの音が出せることから重用されたが、この尺八が日の目を見ることはなかった。私も最初は排簫に没頭したが、ある時に試しに作った正倉院尺八を吹いてみて、その音色の奥深さに驚愕した。


 以来、製作者・作曲家・演奏家の3つの方向からこの尺八と向き合ってきた。雅楽教室のレッスンの際も、篳篥のパートを吹いたり、龍笛のパートを吹いたりして、合奏練習の重要なアイテムとなっている。


 日本の雅楽史上おそらく初めての”正倉院尺八教室”を開講して10年が経つ。生徒のベースは全員龍笛だ。私は琴古流尺八がベースで雅楽に移ってきたので、尺八奏者と雅楽師両方の立場からこの楽器を吹いている。


 円周率がまだ発見されていないとき、数学者たちは円に”内接する”多角形と”外接する”多角形を描き、その中間値を探ったという。純粋な尺八演奏家による正倉院尺八の演奏は、楽器の本質を探るためのとても重要なアプローチである。

 

蘇莫者(ソマクシャ)


 行者が山で笛を吹き、山の神がそれに応じて舞ったという伝説がある曲。一説には聖徳太子が馬上で尺八を吹き、それを聞いた山の神が老いた猿の姿に身をやつして舞ったという。現在の舞台では、太子(聖徳太子)役が舞台に上り笛を吹くが、楽人が舞台に登壇して演奏するのは舞楽の中では異例の演出である。要はそこまでして太子の重要性を強調したいのだろうが、伝説を忠実に再現しようとするならば、太子役は尺八を吹くべき。これは現代の雅楽には尺八が残っていないためのいわば代用。太子役は正倉院尺八を吹いてこそ伝説を忠実に再現することになろう。


 一方、現代の尺八にも「蘇莫者」という曲がレパートリーにあるが、これは篳篥の旋律を移したもの。山の神が呼応して舞ったのはあくまで尺八(笛)の旋律なので、いわば翻案のための原案を取り違えている。今回の正倉院尺八による「蘇莫者」の演奏は正真正銘、笛の旋律を再現したものである。

 
 

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